ルイ・ヴィトンの財布
ルイ・ヴィトンの新作財布




ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイヴィトン 旅行鞄店の設立



1854年、ルイヴィトンは、

職人としての十分な経験を積んだ後、

カプシーヌ通り4番地に世界初の旅行鞄のアトリエ、

ルイ・ヴィトン」を設立しました。


先見の明があったルイヴィトンは、

当時の輸送機関の発達に注目し、

従来の丸いトランクから、積み上げ易い平らなトランクを

考案、開発します。


『グリ・トリアノン
・キャンバス』
gris.jpg 革よりも軽い防水加工を施したグレーの

無地のコットン素材、

「グリ・トリアノン・キャンバス」を

使用したトランクは、

当時大評判になりました。


ルイヴィトンの評判を聞き付けたナポレオン3世の

  皇妃ユージェニーが、旅行用衣装箱を発注したために、

  ヨーロッパ中の王族も競って特注しました。

  こうしてルイヴィトンの名声は、

  高まっていったのです。



1854年のこの年、ルイヴィトンは、

エミリー(Emilie Clemence Pariaux)と結婚。

3年後の1857年には、息子のジョルジュ ヴィトン(Georges Vuitton)が

誕生しています。


ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイヴィトン 店舗拡大



1857年、ルイヴィトンの旅行鞄店は、発展します。

3番地を借りて店を拡張しますが、生産が追いつきません。

ロシェール通りにもアトリエを設けますが、

それでも間に合いませんでした。


1860年、需要に押され、ついに、パリ郊外の、アニエール

工場を移転、と同時に、ルイヴィトン家の住まいも構えます。


ここは、現在も特注品の工房として使用されていて、

ルイヴィトンミュージアムが隣接しています。


ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイヴィトン 万博で銅メダル受賞



1867年、パリ万国博覧会で、

ルイヴィトンのトランクは銅メダルを受賞しました。

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世界的な評判を得たルイヴィトンは、 

受賞後、エジプトの総督イスマーイル・パシャや

スペインの王アルフォンス11世などから注文を受けています。



1871年、ルイヴィトンは、

店をスプリーク通り1番地ヘ移転し、

この店は、その後シャンゼリゼ通りに開店するまでの43年間、

営業を続けました。



ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイヴィトン レイエ・キャンバス



1872年、ルイヴィトンは、
『レイエ・キャンバス』
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ベージュに赤のストライプが入った、

「レイエ・キャンバス」を発表します。

この布地は、「Striped Camvas」として知られています。


布地の変更は、ルイヴィトンの人気ゆえに、

コピー商品が出回るようになったからですが、

この布も、すぐにコピー商品が出回る事となったのです。


『レイエ・キャンバス』
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そこでルイヴィトンは、1876年、更に、

「レイエ・キャンバス」を、ベージュ×茶色へ変更しています。


ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイヴィトン ワードローブ・トランク



1875年、ルイヴィトンは、

旅行用衣装ケース、ワードローブトランクを発表しました。

LOUIS VUITTON 【ワードローブ】 スペシャルオーダーモノグラム M12050



トランク内に衣服を吊り下げる事が出来、

沢山の引き出しを取り付けた物で、

最初の旅行用衣装ダンスと言われています。

ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイヴィトンの2代目



1880年、ルイヴィトンは、

2代目ジョルジュにスプリーク通りの店を任せます。


ジョルジュが結婚、入籍した当日に店を引き継がせたのです。


その3年後の、1883年、

ジョルジュの息子、3代目、ガストンが誕生します。

ルイヴィトンは祖父となりました。

ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイヴィトン ロンドンへ進出



1885年、ルイヴィトンは、

ロンドン店をオープンします。


世界進出の第一歩となりました。


ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイヴィトン ダミエ・キャンバス



1888年、ルイ・ヴィトンは、

ダミエ・キャンバス」を発表しました。

『ダミエ・キャンバス』
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2代目ジョルジュが、

ベージュと茶褐色のチェス盤に、ルイ・ヴィトンの名前が

入ったパターン(登録商標:ルイ・ヴィトン)を考案したのです。


これは、「グリ・トリアノン・キャンバス」、

「レイエ・キャンバス」と変更されてもなお、

コピー商品が出回る中、

作り出された物でした。


1889年、この「ダミエ・ライン」は、

パリ世界博覧会で、ルイヴィトン

金賞をもたらします。



このダミエも、また、コピー商品が出回る事となりました。


ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイヴィトン 5枚羽の鍵



1890年、ジョルジュが、5枚羽の鍵を発明し、

特許を取得しました。


この鍵は、こじ開ける事ができない錠前で、

鍵番号は、ルイヴィトン本店に登録されています。


特許取得以来、現在まで使用されています。

ルイ・ヴィトンの歴史>1854年〜1892年

ルイ・ヴィトンの死去



1892年、初代ルイ・ヴィトンが亡くなり、

2代目ジョルジュ・ヴィトンが会社の全権を握ります。


同年、ルイ・ヴィトンは、ハンドバッグの販売を開始。

トランクやハンドバッグなどが掲載されたカタログも

初めてリリースされました。


また、オーストラリアで初めて、

ルイ・ヴィトンの製品が発表されています。